心が強い弱いが人を傷つける

が強い弱いが人を傷つける

「私はこんなに弱い人だと思わなかった。」

ご相談を受けていると、このような言葉を伝えてくれる方がいます。

 

その話を聞く度に、メンタルが「弱い」と「強い」という概念が

如何に世に広まっているのかということに愕然とし、

如何に多くの人を苦しめているのか、

多くの人がこの勝手に広まって独り歩きしている間違った概念により、

自分を責めて、辛い思いをしているのかを想像すると、

何とも言えない気持ちになります。

 

忘れられないことが弱いことなのでしょうか?

悲しみが消えないことが弱いことなのでしょうか?

いつまでも涙が勝手に流れてくることが弱いことなのでしょうか?

 

忘れようと仕事に没頭して、

いろんな気持ちを感じなくして、

今は一生懸命に前を向こうとしていることが強い事なのでしょうか?

 

余りにも大きなショックに、心の悲しみに蓋をして、

自分の気持ちが分からなくなったり、

そうやって到底今は受け入れられない現実に、

折り合いをつけながら生きていくことが強い事なのでしょうか?

 

涙を我慢して、本当は泣きたいけれど、

泣けない辛さを抱えていることが強い事なのでしょうか?

 

何が強いのか、弱いのか私にはわかりません。

 

だけれど…、

 

強い弱いと言った時に、

その強さの影にある弱さに、

その弱さの影にある強さに、

人は目が行きません。

 

強さの裏にある、

強くなければいけなかった痛みに、悲しみに、

人は目が行きません。

 

弱さの裏にある、

繊細な気持や、そうやって言われ傷ついた気持ちや、

弱さの中にある自分の気持ちに正直に生きようとする

大切な思いに人は目が行かないのです。

 

私たちの心は弱くも強くもないのです。

 

弱いという意味づけをする前に、

強いという意味づけをする前に、

その気持ちの背後にある思いを理解しようとすること、

汲み取ろうとすること。

 

それが何よりもまずは大切で、

それだけがとっても大切なことなんじゃないかと、

そう思うのです。

 

そして、あなたの心は弱くない。

そしてあなたも弱くはないのです。

 

忘れられなくたって、

悲しみが消えなくなったって、

涙がふとした瞬間にでたって。

 

弱いのではなくて、

それほど大切だった思いに、

心が叫んでいるんだ。

 

その心の叫びを抑えつける必要があるのあろうか、

その心に溜まった悲しみや寂しさを、

私たちは蓋をする必要はあるのだろうか。

 

忘れることが強さなら、

そんな強さはいらない。

 

存分に悲しまないことが強いことなら、

そんな強さはやっぱりいらない。

 

ふと一人になった瞬間や、

孤独になった時に涙が出るのは、

それほど気を張っていた証拠、

心がやっぱり悲しいって言っている証拠なのだ。

 

その涙を、やっぱり悲しいって、

受け止められないのなら、

いつまでも泣いていてはダメだ。

と言われるくらいなら、

そんな強さはやっぱりいらないのだ。

 

僕らは、いつだって不器用に、

ただ一生懸命に生きているのだ。

そこに弱さも強さもないのだ。

 

  著者プロフィール

野川 仁
野川 仁
元引きこもりの心理カウンセラー。
現在は、都内のクリニックでカウンセリングをする傍ら、講師として、毎週(土)横浜で講義を行っている。