話すことで喪失を受け入れる。

話すことで喪失を受け入れる。

大切な人を失ってしまったその現実を受け入れることは、

とても痛みを伴い、とても辛いことです。

 

昨日まで隣にいたのに、急にいなくなるということは、

現実感もありませんし、信じられないでしすし、

信じたくない気持ちも出てくることも当然です。

 

一方で、とてもつらいことではありますが、

いつしか受け入れなくてはいけないことでもあります。
(もちろんタイミングは様々ですし、受け入れない時間もとても大切です。)

 

死んでしまったということを受け入れていく一つのプロセスは、

時期が来たら、喪失体験の話をするということです。

 

何が大切な人に起きたのか。

どんな出来事だったのか。

訃報を聞いた時のこと。

その後のこと。

その当時の様子など。

 

その時のことを話すこと。

そして、その時間を持つことは、とても大切なことです。

 

それは、そうやって喪失体験を思い出すことによって、

死んでしまったという事実を頭ではなく、

心で理解することが出来るようになるからです。

 

繰り返し言葉にすることで、心が少しずつその事実を受け入れていく。

喪失体験を話すということは、そういった大切な意味もあるのです。

 

ただ、日常生活においてはなかなか話せる場がなかったり、

「何度もこういうテーマの話を人にするのは、悪い気がする…。」

という思いやりから遠慮してしまうこともあります。

また、聞き手側から「いつまでその話をするの?」と、

言われてしまうこともあります。

(聞き手側もずっと悲しんでいるあなたを見ていたくないから、

そのように心配をしていってくれるのです。)

そういった理由から話せないことも多いものです。

 

私の所に相談に来てくれる方から、たまにこのような言葉を頂きます。

「こういった話をできるだけでもありがたい。」

といったお言葉です。

 

その言葉は、もちろん私自身にとってもありがたい限りですが、

いかに話す場所や機会が少ないのかを物語っているなと私は感じるのです。

 

亡くなってしまった故人のことを言葉にする時間を作り、

それを言葉にしていく。

どうかそんな時間をできればつくって下さい。

 

言葉にすることで、気持の整理も少しずつ進んでいくのですから。

  著者プロフィール

野川 仁
野川 仁
元引きこもりの心理カウンセラー。
現在は、都内のクリニックでカウンセリングをする傍ら、講師として、毎週(土)横浜で講義を行っている。