前を向くとは何か。

から僕らは自分なりに前を向く

最近カウンセリングをしていると、こんなことをふと思う。

「前を向くとは何だろう?」って。

前を向くと、前に進むは違う。

前を向くとは、文字通り顔を上げることだ。

下がった顔を、前に向けることだ。

 

だから、そこには進むというニュアンスはない。

前を向いたからといって、進むとはちょっと違うのだ。

後ろ向きと前向きを対比した時に、

前向きが明るいイメージがするのだろう。

だから、前向きというとポジティブで明るいイメージがして、

「前を向かなきゃ。」って言うんだろうと思うのだ。

を向いても進む必要はない。

この「前を向かなきゃ。」と人が言う時、

多くの場合、「前を見て進まなきゃ。」というニュアンスを含んでいる。

でも、僕は思う。

 

「人は前を十分向いている。」

 

そして、僕は思う。

 

「前を向いたからといって、進む必要なんてない。」と。

 

前を見たら、顔あげたら自分が歩む道が見えてくるかもしれない。

でも、それを進むかどうかは、あなたが決めることだ。

その道を「進まなきゃ。」って言われる筋合いはないのだと、僕は思う。

 

「顔を上げる。」

「前を見る。」

 

それがどれだけ、力がいることか、勇気がいることか。

そんな大切なことを僕は最近教えてもらっている。

 

大切な方を亡くした人にとって、

前を向いても、その道には、大切な人がいないのだ。

そこは一人で歩む道なのだ。

勿論、家族や友だちは相変わらずいるけれど、

その道は大切な人が隣にいない道なのだ。

 

だから、その道を直視することや、

ましてや進むこと自体勇気がいり、

時に悲しみと共に、別れと共に進むということなのだ。

 

繰り返すけれど、

 

「人は十分に前を向いている。」

 

前を向いているからこそ、

その道を見て、悔しく、悲しく、怒りが湧いてくるのだ。

その道は、自分が歩む道だけではなくて、

故人が歩みたかった道が見えているからこそ、

言葉にしがたい気持ちが湧いてくるのだ。

 

「前を向け」と無責任にいう人に僕はたまに言いたくなるのだ。

 

「十分に前を見ているんだよ。」って、

「前が見えるから苦しいんだ。」って、

「その道が”今は”到底進む気になれないだけなんだ。」って、

 

時間がかかってもいいじゃないか、

時間をかけてもいいじゃないか。

進むというニュアンスの中には、

後悔が進むことも、

怒りが進むことも、

悲しみが進むことも含まれていると僕は思う。

あなたはきっと辛いと言うかもしれないけれど、

それも進んでいることなのだと僕は思うのだ。

 

そして、今苦しみを抱えている方にはこう言いたくなるのだ。

「十二分に時間を掛けて、進みたくなったら進んでください。」って。

僕に出来ることは、

あなたが進みたくなるまで、ただただ隣りにいることだけなのだ。

  著者プロフィール

野川 仁
野川 仁
元引きこもりの心理カウンセラー。
現在は、都内のクリニックでカウンセリングをする傍ら、講師として、毎週(土)横浜で講義を行っている。